「検閲対象です。該当資料の閲覧には…なお、有害図書と判断された場合…」 これもダメか。 自身の祖先が作家だったと聞かされて以来、どうにかその作品を読むことができないかと片っ端からデータベースを検索しているが、どれこれも検閲対象で閲覧不可。 データベースに登録されているということはわかっただけでも収穫と言えなくもないが、実際のものが読めないのではイマイチ面白みに欠ける。 祖先の作品がそんなに危険なものだったのか、偏った思想家だったのかといえば違う。 今の時代、『表現』に関わる仕事はすべて国際資格がなければ何もできず、発表した作品の中に少しでも規制対象となる言葉や表現がまざっていれば資格は剥奪、下手をすれば前科者だ。 表現の自由、などという言葉は今やこの国はおろか、地球上どこにもない。 曰く、人の言葉は進化しすぎた一方で、争いの種はいつも言葉から生まれるのだそうだ。 そうして世界中で言葉が制限された結果、言葉狩りが怖くて誰もがコミュニケーションを避け、街から人が消えてしまったのが今の時代だ。 年がら年中どこでも、誰が聞いているかわからない。通報されれば即逮捕だ。 ならば言葉など発しないほうがいいと、誰もが考えた。 僕もその一人。ボロアパートの部屋で一人、コソコソと古い書籍を探している。 気まぐれにラジオを付ける。せめて音楽でも聴いて気を紛らわせようとチャンネルをまわす。 ザザッ…ザザッ… ザザッ…セ… ん？ ラジオなんて歌のない楽器演奏のみの音楽か、無機質な機械音声が天気予報を読み上げるだけだ。 ザザッ…モドセ… 間違いない。人の声だ。 慎重にチューニングをまわしながら、微かに聞こえる声に耳を澄ます。 トリモドセ…コトバヲトリモドセ… 「言葉を取り戻せ」と聞こえる。 雑音が酷く男か女か、声だけでは判断に悩むが、これはいわゆる反言葉狩りのテロ組織だろうか。 決起の日時や場所を示す内容はなく、暗号のようにも思えない。 しばらく聞きつつ思案していると、ふいに玄関のチャイムが鳴った。 言葉狩りか？今ならまだラジオから偶然聞こえたと言い訳すれば十分だろう。 恐る恐るドアスコープから外を覗いてみるが誰もいない。 不思議に思いつつ視線を部屋の中に戻すと、そこには見知らぬ少女が立っていた。 どうやらラジオの音声を介して空間プログラムをハックし、ホログラム映像を強制的に映しているらしい。 こうして僕と彼女の、言葉を取り戻すための旅が始まった。

これは、ＳＮＳに送られた言葉を擬人化した話。 【ストーリー】 ＳＮＳでブロックされた言葉たちが集まる場所、 此処はコトバの流刑地。 誰かから拒否されたコトバ、 誰にも届かなかったコトバたちが 閉じ込められている。 システムの手違いでブロックされ、流刑地に送られた主人公「ありがとう」。 主人公は記憶をなくし、流刑地で目覚める。 自分はどこから来たのか、名前もわからない。 辺りに徘徊する「人影」にこの街のことを尋ねても、まるで会話が成り立たない。 主人公は路頭に迷う中、 「ハズノコトバ」や「管理ロボ」と出会う。 彼らの助けを借りつつ、流刑地からの出口を探す。 果たして、主人公の運命はーー？ ー街の様子ー 霧のかかる雑然とした街。 ネオンライトが光る歓楽街のような場所もあれば、 廃墟のような場所もある。 崩れかけの摩天楼の向こうに、 低く飛ぶ飛行船がこの街を監視している。 ー「ありがとう」とはー この話の主人公。 ＳＮＳに送られたメッセージのひとつ。 本来ブロックされる対象ではないが、 システムの手違いで流刑地に送られてしまった。 いったい、誰から誰のもとへ届くべきはずの コトバだったのか……。 ー「人影」とはー 流刑地に送られた、 ＳＮＳからブロックされたコトバたちの総称。 正面から見ると人のかたち、横から見ると薄くペラペラの紙人形のような見た目をしている。 人影の容姿はＳＮＳのアカウント画像を模している。 思考が欠如しており、ブロックされた言葉を延々と喋り続けている。 ー「ハズノコトバ」とはー 本来誰かに届くべきはずだったコトバたちの総称。 主人公と同じく、 システムの手違いで流刑地に送られた。 長く街の空気に侵されたせいで、 声を出す事ができなくなってしまったコトバ。 皆一様に、顔を覆うように布をかぶっている。 流刑地にはハズノコトバが僅かに存在する。 人影とは違い思考を持つ。 ー「管理ロボ」とはー 人間が作り出したロボット。 ＳＮＳからブロックされたコトバたちを流刑地に送る役目をしている。常に忙しそう。 「あ〜忙しい忙しい！なんだって人間は他人の嫌がるコトバをわざわざネットに送るんだ！仕事がふえるばっかりだ！」

あの塔ができてからどれくらい経つだろう？ 　アレができてからこの世界は非常に退屈なものになってしまった気がする。 　情報検閲機構。通称『バベル』。 　『バベル』はネット上のありとあらゆる言葉から悪意を奪っていった。 　ネット上から誹謗中傷はなくなり、キレイな言葉だけが並ぶようになった。 　だから今のネットにあるのは……。キレイな。そして最高につまらない言葉ばかりだ――。 「アレを壊そう」 　彼女は街の中央に聳える『バベル』を見つめながらそんなことを言った。 「無理だよ」 　僕はそう返す。 「無理じゃない。あんなものがあるからみんなおかしくなったんだ！」 　そう言うと彼女は思い切り口元を緩めた。その笑顔に刺さるように極彩色のネオンが反射する。 「私は行くよ」 　彼女はそう言うと僕の肩を力一杯小突いて走り出した――。 『悪意のない世界なんて針のないハリネズミみたいなもんだ』 　彼女はよくそんなことを言っていた。 　悪意や毒。それらの存在意義に対する彼女なりの意見なのだと思う。 　何気なくスマホを取り出した。 　そこに流れるネットニュースはどれも検閲されたものばかりで味も素っ気も無かった。 　それはＳＮＳも同じだ。きらきらした日常を切り取ったような投稿。そして心温まる優しいリプライ……。そんなクソつまらない言葉しか表示されない。 　誰がこんな世界を望んだのだろう？ 　美しいものだけ。汚れていないものだけが賛美される世界に誰がしたのだろう？ 　そんな行き場のない怒りと疑問が浮かぶ。 　彼女の言うとおりだ。 　悪意が検閲された世界はなんてつまらないのだろう。 　検閲されたって悪意そのものは消えないのだ。 　消えるはずがない。見えなくなっているだけ……。 　夜の光が溢れかえる街で僕は酷く孤独な気持ちなった。 　ひとりぼっち。 　優しい言葉だけの街がこんなに寂しい場所とは思わなかった――。 　気がつくと僕は彼女を追いかけていた。 　息が切れる。それでも街を走り抜ける。 　このままじゃいけないのだ。このままじゃゆっくり死ぬのと同じじゃないか……と。 　僕が『バベル』の入り口にたどり着いたとき、彼女はその下でタバコを吸っていた。 　そして僕の姿を見つけると嬉しそうに煙を吐き出す。 「来ると思ってたんだ」 　彼女はそう言うと僕に手を差し出した。 「行こう。私たちの言葉を取り戻すために」 　僕はその手を握り返した――。

『５日も連絡が無いから心配したぞ』 「心配するようなところに送り込まないでください…」 教授が電話の向こうで「そりゃ尤も」と笑う声がする。笑い事では無い。 「この街が普通じゃないことは知ってました。でもこれは…」 隣接する街との交流は無し。高い塀で街をぐるっと覆われ、入るためには国の許可が必要だ。入った人数の百分の一程度しか出てきていない。数少ない内情を知る者は皆口を閉ざし、精神病院に罹ることも珍しくない。ただ、口を揃えて言うのは…。 『異常、か』 「はい」 異常という他なかった。この街の人間はミキという教祖を信仰し、崇拝していた。そして彼女の言う"綺麗な世界"を実現するためだけに生きている。 『報告をして貰おう。今は何を？』 「うさぎさんと会って、行動を共にしています。彼女は今、仲間と残して外に」 『そこには一人か、都合がいい』 私が残された巨大な倉庫のような場所は、思いの外快適で居心地が良かった。床はコンクリート打ちっぱなしではあるものの、机や寝具、風呂等の生活に必要なものは全て揃っていた。奥に重火器が陳列された棚がある以外は。 『身の安全や食料は確保されているんだな』 「はい。首輪は着けられてますけど…」 街の検問で着けられた首輪には数字が映し出されていた。それが私の残金であり、私の寿命らしい。 『そうか…"けんえつくん"も、か？』 「ええ…」 常時携帯する事を命じられた卵型端末"けんえつくん"をポケットから取り出す。 「この街には言葉の自由がありません！教授、これは宗教や信仰の域をとうに逸脱した―」 『待て。言葉には気をつけるんだ。その端末は発言者の感情が高ぶると臨戦状態に入る。無為に寿命を縮めるぞ』 教授は、思わず声を荒げた私を制止する。いつの間にか強く握りしめた"けんえつくん"は、オレンジ色に点滅していた。 「…すみません。報告は文章にて」 『ああ。こんな仕事を任せてすまない。報告を待つ』 報告書を書く為にパソコンを取り出していると、倉庫の扉が音を立てて開いた。 「ああもう！また失敗！」 入ってきたうさぎは激高していた。短い金髪が揺れ、砂埃に汚れたパーカーを脱ぐ。 「あ、あの…おかえりなさい。どうしましたか？」 うさぎは恐る恐る聞く私に顔を向けながら言い放つ。 「やっぱりこの街はクソだね」 途端、うさぎの首輪からビーという警告音が鳴り響く。 【検閲対象です。検閲レベル２。該当者の残金を収奪します】

　白い紐の面影はなく、草臥れて擦り切れ、泥塗れの疲れた靴はとても君に似合っていた。 　足元にその人の性格が出ると言う。 　誰が言ったかは知らないし、興味もなければその答えは君にとって重要ではない。だが、君のことを僕が表現するのならば、その言葉が適当だと思った。 　イタリア製の光沢のあるスーツと靴、自分であることを否定する金の髪に、張り付けた甘い笑顔、目の前には女。 　そんな物で飾る君を好く女は沢山いるだろうが、君は女に好かれたい訳ではないだろう。 　なのに君ときたらあぁ、愛してるなんて言っちゃだめだ。 　女にとっては蜜毒でも、君には自身を蝕む猛毒。花は自分の毒で枯れないが君は人間だ。蝶に渡すのは毒に塗れた喉からの言葉。 　言葉を装飾している毒は毒でしかなく、その毒は吐き出す度に飲み込んで君自身を枯れさせる。 　この渋谷という黒と白とネオンで飾られた街で、その人生での大切なものを奪い合い、貶めあう為の駆け引きに熱中している。狭い地面に這い蹲る雑草が、少ない栄養を皆で奪い合っているんだ。それに君は参加している。 　その女だって君が好きなんじゃない。君が持っている養分が好きなんだ。どうせそいつも君に養分がなくなったら他の養分を探しに行く。 　それでも君が養分を与え続ける理由を僕は考えてみようとしたが、その答えは出なかった。果たして君が何故それを続けなければならないのか、僕は疑問でならないよ。 　僕らは与えられるべきだ。そうは思わないか？ 　「うるさい」 　うるさい？　今うるさいって言ったのか？ 　はは、違う違う。 　君が言いたいことはそうじゃないだろう？ 　解るよ。僕は君だ。 　今すぐにでも君の手の中にあるその女の指を折って、顔に張り付かせた気色悪い媚びた笑みを消して言うんだ。 　うるさい。ってね。 　その高級なスーツや靴を脱ぎ棄ててしまえばいいんだ。 　君には白い紐の面影なんか少しもない、汚れた煤色の靴がお似合いだよ。 　毒を塗りたくってもう肉の色なんか見えない緑色の喉を全部洗ってしまおう。 　ああ、だけど君のしたくもない努力の証としてその背伸びした金の髪だけは残しておこうじゃないか。 　君が言葉に初めて毒を塗った時に僕は生まれた。 　だからね、君が世界に「クソくらえ」と言えたその時、僕は大喜びで黙ってあげるよ。 　君が言葉を取り戻したなら、僕はもう必要ないからね。

『やぁやぁ、教授から話は聞いてるよ。座って』 出迎えた金髪の少女は、王様のような椅子に座っていた。 「森野新聞社のスズキと申します。この街の取材でうさぎさんを訪ねるよう言われて来ました」 『スズキスズキスズキ！覚えた！よろしく！早速なんだけど、』 うさぎが雰囲気を一変させる。 『言葉って何の為にあると思う？』 青い瞳が、じっと私の目を見た。 「え…きゅ、急に聞かれても…」 『答えて』 頭の中を直接覗き込まれているようだった。 「えっと…言葉は…真実を伝えるためにあると思います」 『真実を伝える…うん、気に入った！まってて』 張り詰めた空気が緩み、ぱっと笑顔になった。ご満足いただけたらしい。うさぎは古びたラジオを取り出し、電源を入れた。 【親愛なる同志よ。汚い言葉を駆逐し、綺麗な街づくりに励みましょう。】 『この物騒な事言ってんのは幼馴染のミキちゃん。この街の教祖、支配者と言ってもいい。信者はキミって呼んでる。この街は彼女によって言論統制されてる。ここまでは聞いてる？』 「ぁ、はい」 『首輪については？電子決済兼言論統制装置』 「…電子決済兼…なんですか？」 検問で首輪が着けられた。これには数字が付与され、その数字がこの街ではお金として使えると聞かされた。 『買物とか出来るよ』 「それは聞いてます。何を兼ねてるんですか？とーせー…？」 嫌な予感がした。喉が鳴り、無意識に首輪に手が伸びる。 『言論統制装置。その数字、汚い言葉を口にすると減っていって、ゼロになったら死ぬから』 「し！？」 首輪を伸ばした手で引っ張る。跳ねるように立ち上がった背後で椅子の倒れる音がした。同時に「爆発するかも」と思考が巡り、ばっと手を離す。 『なはは、案外賢いね』 うさぎはケタケタと笑い『でもその位じゃ爆発しないよ』と自分の首輪を両手で引っ張って見せた。 「最終的にはするんですか…どうしてこんな…」 『汚い言葉を駆逐するため』 「無茶苦茶だ…」 『”けんえつくん”も持たされたでしょ、卵みたいな電子端末。リアルタイムで検閲対象の言葉がわかるから、チェックしとくといいかもね。私はしないけど』 最早声も出せなくなっている私を横目に、うさぎは椅子からぴょんと飛び降り楽しそうに言った。 『これがこの街の真実』 「…」 『私は言葉を取り戻したい。スズキ、あなたの言葉でこの"クソ"みたいな街の真実を伝えてほしいんだ』 【検閲対象です。検閲レベル２。該当者の残金を収奪します】

　夜空の裂け目から船首が覗く。鉄筋に手をかけ電波塔へ取りついた途端、炸裂した弾丸が金属のネジを跳ね飛ばした。 「小僧を船に乗せるな。パンドラを取り戻せ！」 　飛行船が巻き起こす風に前髪が躍り、 「受け取れ、セイ！」 　俺はパンドラを開いたハッチへぶん投げた。 　20XX年。暴力的・刺激的な言葉は犯罪率を増加させるというデータから、「危険言語」の使用が禁じられた。言論の自由を鑑み設置された危険言語使用特区も、名ばかりの「死語街」。汚い言葉と汚い輩の掃きだめだ。セイと俺、生まれつき死語街の住人は、反旗を翻すことを恐れない。二人してコト箱を片っ端から盗んでは、言葉を解放している。コト箱は手のひらサイズの小箱だが、厄介な代物だ。危険用語の言霊が格納されているから。強制的に言霊を奪い監禁することで、言葉は記憶から抹消される。中でも、国家機密のコト箱「パンドラ」には、俺らですら耳にしたことのない危険で凶暴な言霊が監禁されているという。そいつを解放することは、政府に対して最強の武器を得ること。俺たちの勝ち、のはずだった。しかし、セイが叫ぶ。 「パンドラが空だ」 　嘘だろ。顔を上げた瞬間、足元を銃弾にすくわれた。 　パンドラが、空？　なぜだ。唯一の武器を失った。いや、待てよ。この世に危険で凶暴な言葉など、もとから存在していなかったのだとしたら……！ 　鉄筋にしがみつき、無線のスイッチを入れる。 「セイ、電波塔ジャックできるか？」 ■以下、危険言語管理局記録より ※システムへのハッキング探知、違法放送が配信される。復旧の目途立たず送電遮断 放送内容全文（特例として危険用語を記載） 「いいかよく聞け、耳障りのいい言葉に甘やかされたクソ市民ども。言いたいことを言えなくなった、いや、言わなくなったのはいつからだ？　声をあげても変わらない、そう思って言葉を殺したのは政府が先か？　お前らか？　危険言語、笑わせてくれるよな。誰が言葉を選ぶ？　検閲する？　平和な暮らしを人質に、感情や思想を弾圧されてるんだよ。言葉は時に毒だ、でも時に祈りだ。奪われてたまるか。闘う気持ちがある奴はたいまつ掲げてここへ来い。言葉を取りも」 　ちらりと瞬くものがあり、俺は目を細めた。一つ、また一つ。そこここで火が灯り、確かにこちらへ近づいて来る。それはまるで祈りのように赤々と輝きながら、暗闇を照らしていた。 　——言葉を取り戻せ

薄暗い飲み屋が軒を連ね、自我を失った人々が朝までそこで飲み明かすこの街は、 ｢虚無の街｣と言われている。 俺がここに来た理由はひとつ、消えた友人を探すためだ。 ｢疲れたからちょっと旅行行ってくる｣というメッセージを残して以来、何度連絡をしても繋がらなかった。 流石に心配になってきた頃、SNSでとある投稿を見つけた。 『疲れたからって虚無の街に行った友達が帰ってこない。もしかして、行けば無になれる極楽の場所だなんて嘘じゃないの？』 これだ、と思った。 地図にも載っていない奥地であるここにたどり着くのは簡単ではなかった。 そして着いて早々、俺はその光景を見て唾を飲み込んだ。 そこにいる人々は皆、首輪のようなものをつけ、まるで誰かに操作されているかのように自分の意志なく歩ている。 声をかけるのも躊躇われた。 行く宛も分からないまま、ただひたすらに友人を探す。 しばらく進んだところで人の話し声が聞こえた。 恐る恐る声の聞こえる方へ進み、様子を伺う。 金髪で首輪のようなものをつけた人物に、2人が土下座をし、何やら謝っているようだった。 しかし次の瞬間、恐ろしいことが起こった。 金髪の人物が手を挙げ何か言葉を発すると、土下座をしていた2人の首に、あの首輪のようなものが付き、誰かに操作されているかのようにフラフラと立ち上がった。 その2人組がこちらを見る。 目が合ってしまった。 俺の存在に気付いた金髪の人物も、無表情でこちらに向かってくる。 すぐに逃げようと踵を返したが、一歩踏み出そうと思った時には既に3人に追いつかれていた。 襟を掴まれ、方向転換させられる。そして、金髪の人物が俺の顔をジロジロと見た。 ふと、金髪の人物の目の奥に、知っている面影を見つけた。 あぁ、間違いない。俺が探していた友人だ。 友人は何も言わずにただ俺を見つめている。俺だと分かっているのだろうか。 恐る恐る声をかけてみる。 ｢俺のこと…分かるか…｣ 友人は依然として何も言わない。表情も変えない。 そして5分くらい経っただろうか。 ようやく友人が口を開いた。 ｢オレノコトバウバワレタ。ダカラオレノコトバ、ウバウ。｣ それはあまりに機械的で、あまりに冷酷だった。 一体誰が友人をこんな姿に変えてしまったのか。 一体誰が友人を操作しているのか。 一体誰がこんな街を作り上げたのか。 一体誰が・・・ 冷たい風は二人の間をすり抜け、答えを教えてはくれなかった。

上司から独身を馬鹿にされた。クソが。 2021年8月18日 娘の自由研究に付き合わされる旦那を一枚笑 8月18日 あいつ彼氏出来てからウザ～ 8月18日 めっちゃ可愛い子見つけたｗ 8月18日 汚い言葉使う人死ね 8月18日 暴言と悪口ばっかり。 8月18日 気にしなきゃいい 8月18日 - 投稿に制限かかるってマ？詳細分かる人いない？ 202X年3月20日 変な事言わなきゃ良いんだろｗ 3月20日 フィルタ？ 3月20日 本音で喋れなくなる…？ 3月20日 ふざけんなよ 3月20日 - ―― 202X年4月1日 フィルター、伏せ字みたいになるんだ カタカナは？オマエ―――。 4月1日 下ネタNGかよｗ 4月1日 説教2時間… あの――マジ―す 4月1日 口悪い人怖いし、私は賛成～ 4月1日 - 「稼いでみろ」って、家事と子守誰がするの？ ほんと――欲しい、いっそ―――かな 202X年3月21日 人減ったけど炎上とかもかなり減ったよね 3月22日 ―――を受け続けています。 限界です。――を計画しています。―――？ 3月26日 フィルタ機能一周年かぁ 現実世界でも何も言えなくなる日が来たりして。 3月30日 - 仮想現実の実験特区、選ばれた！！！ 20XX年12月22日 - 目の中に操作パネル？みえる！かっこいい！ 注射でナノマシンは怖かったけどw 4月1日 ログイン！ベ―タ版はリアルの容姿のまま… でもマジで凄い 20XX年4月1日 将来的には疲労も痛みもなくなるってマジ？ 4月１日 ログアウトボタンどこｗ 4月1日 大勢集まると視界がカクついたり声が遅延します 初日だし仕方ないか 4月1日 パネルにログイン数出てる！30万人！？ 4月1日 えまって、――って言えない 4月1日 下ネタが声に出せねぇｗｗｗ 4月1日 罵倒とか声に出そうとしてみて！ なんかおかしくない？！ 4月1日 なにこれ、SNSのNGワ―ドが適用されてんの？ 4月1日 動画で見せたい NGワ―ド言うと声出なくなって、口の周りにモザイクかかるw 4月1日 表現の自由は守られるべき 4月1日 好き勝手言いたいならログアウトしろよｗ 4月1日 汚い言葉使う人多そうやしええやろ 4月1日 アクティブ人数、減らねｗ 4月1日 悪口言う人即ブロしてたから私は嬉しい 4月1日 現実世界にもこの機能欲しい！ 4月1日 - ログアウトできた人いますか…？ 20XX年4月4日 - 20XX年4月1日、言葉を奪う実験を開始。 同4月5日、被検体として337,441人の隔離を完了。 世界は「美しく」再構築される。

　この世には汚い言葉があふれている。 　だから、検閲され、規制され、塗り潰される。 「私は言葉の■神。汚れた言葉を狩り尽くす」 　突如、■神の少女は世界に現れた。 　どんどん汚い言葉は狩られていき、使えなくなっていった。 「■■■で■■■■だろ！」 「いや■■■■■さ！」 「■■■■■な■■■！」 　あれもダメ。 　これもダメ。 　どんどん使える言葉は減っていく。 　言いたいことが言えなくなる。 　世界はどんどん荒れていった。 　汚いものだけ取り除いて、綺麗なものだけ残したはずなのに。 　結局、みんな汚れきってしまった。 　 「■■■■」 　もう誰の声も、まともに聞こえはしない。 　なけなしの勇気を振り絞って、僕は■神の少女に話しかけた。 「なんだ、お前は？」 　■神の少女と向かい合う。 　君の声がずっと聴きたかった。 「僕は■■。君のことが■■なんだ」 　コトバヲトリモドセ。

「あの日のことを覚えてますか？」 「あぁん？いつのことだよ」 「僕があなたのことを“ロク”と呼んでいた日のことですよ」 「…あぁ。お前がくそつまんねぇガキだった頃の話か」 ―検閲対象です― 機械音声が部屋に響いた。 この街はとある少女によって作られた”キレイナコトバ“しかない”ダレモキズツカナイ“理想郷。 人々は言論統制され首輪で管理されている。 首輪の最大の特徴は不適切な発言があると罰金、残金がマイナスになると薬剤が注入され死に至ることだ。 ―数年前… 転校生がやってきた。 彼女は品行方正で頭もよく、明るくイイコで、何より笑うと可愛かった。 クラスの男子達はすぐ虜になっていた。 休み時間は男女問わず、ひっきりなしに質問の声がとび、先生は彼女を頼りにしていた。 それを面白く思わなかった女子グループが彼女のことを「優等生」と呼び始めた。 その呼び名は思春期を迎えた子供達の間で瞬く間に拡まり、見る見るうちに彼女からは笑顔が消えて学校も休みがちになった。 そんなある日、「最近、あの子見ねぇな」とロクが話しかけてきた。 「よく学校を休んでますね」 「お前らが”優等生“って呼び始めてからだろう？」 「優等生は誉め言葉です」 「お前本当にそう思ってるのか？」ロクが食い気味に聞いてきた。 「悪口でもない言葉で傷つくなんてありえません」 ロクは僕の胸ぐらを掴み聞いた。 「もう1度聞く。本当にそう思ってるのか？」 僕は何も言えず目をそらした。 「くそが！」とロクは吐き捨て僕を離した。 その帰り、久しぶりに彼女を見かけた。 「優等生って呼ばれるの嫌なの？」気づくと彼女に話しかけていた。 彼女は決壊したダムのように今まで思っていたことを話し、「優等生じゃなくていい、ただ皆と同じように話して笑っていたいの。でも私にはできないみたいだから」と言った。 僕は初めて検閲にはひっかからない“優等生”が彼女を傷つけていたことに気が付いた。 「この世界は間違いだらけだね。気づけなかった僕は馬鹿だ」 機械音声がして彼女は小さく笑った。 「僕はあなたに感謝してるんですよ。 　どれだけ汚い言葉を排除しても人の悪意は消えない。それに気づけた。 あの日彼女を救ったのは僕なんかじゃない。あなただ。」 「うるせぇよ。」またしても機械音声が部屋に響く。 「ごちゃごちゃ言うのはあの塔にいるこの歪んだ世界を理想郷と名付けたやつを説得してからだ」 「その前に残金マイナスにしないでくださいよ」

SNSが多く発達し、いろんな言葉が飛び交うようになったこの国は”若者の言葉による刃”を規制した。 俺たちはいつも口にモザイクがかけられているかのような窮屈さを感じている。 「なぁ、俺たちいつまでこうなんだ」 「シッ！こんなところで発言しないほうがいい」 昔の人は言いたいことも言えないこんな世の中じゃなんて憂いたそうだが、もはや言いたくないことすら言えない。 政府の弾圧は想像以上に厳しく少しでも規制に引っかかる言葉を言ってしまえばすぐに袋叩きにされてしまう。 お上が言うには「言葉による攻撃はする側もされた側も見ることが出来ず、また傷は深くそう簡単には治らない」から規制してしまうそうだ。 外に出ても喧騒なんてどこに行ったってもう聞こえやしない。どうして若者だけなんだ。都合が悪いと思ったら大人はすぐ蓋をする。 「まだ？」 「もうすぐ」 当たり障りもないどころかもはや挨拶くらいでしか会話することが許されない。そんなのはもはや会話ですらない。 そんな世の中で生きていかなきゃならないのか。そんな気持ちを共有する若者が集まるこの場所では大人の耳は届かない。 普段の鬱憤を思いっきり吐き出すように口からいろんな言葉が堰を切ったように溢れ出す。 「くそったれな世の中に乾杯」 「最悪。そういう皮肉、何も楽しくない」 「お前の親はお偉いさんなんだろ？変えてくれって頼めよ」 「この政策に大賛成してる。私がいい子になったっていつも嬉しそうに話すよ」 「笑えねーな…」 自分たちではどうにも出来ないのだろうかそんなことを考えてたとき、誰かが叫んだ。 「コトバヲトリモドセ」 それを聞いた俺たちは少し黙ったあと歓声を上げた。そうだ。俺たちの手で俺たちの言葉を取り戻そう。 ここを旗印に言論統制に抗うレジスタンスが立ち上がった。自分たちの言葉を誰かに伝えるために。

　国家運営非営利組織『言葉狩り』はマイナスの言葉の全てを排除する為に作られた。とは言え、全てを排除する技術はまだ無い。これは救済措置だった。そして世界は平和に一歩近付いた。誰かが傷付く言葉の無い平和な世界。 　制服に身を包み、言葉を抜き取る特製のグローブを嵌めて、大鋏と大きな鞄を携帯し、僕は仕事に向かう。 　街の中心部。人が多い分沢山の言葉を狩れる。しかし警戒して口を閉ざしてしまう人が増えている。狩った言葉は戻らない。それに言葉を狩られるという事は『言霊』を狩られるという事。言葉に宿った魂を、つまり、寿命を狩られるという事。だから皆思っていても言葉にはしない。心の中だけに留めて置く。この世界の平和は、見せかけだけだった。 　すれ違い様に言われた暴言を聞き逃さなかった。『言葉狩り』は嫌われている。言葉の端を掴んで引っ張り、視覚化したそれを大鋏で切り取る。悪意は言葉にしてはいけないのだ。 「ねえ聞いた？」 「コトネでしょ。また何かあったらしいね」 　不穏な話が聞こえた。悪口かと思いきや何事も無く話は終わる。彼女達は言葉を良く選んでいた。 　休憩がてらコーヒーショップに立ち寄ると、また噂話を耳にする。 「コトネちゃん可愛いよな」 「やめとけって。その子、人に興味が無いらしいぞ」 「この間先輩が告白したらしいんだけど、返事も何もしないで無視されたらしい」 「マジかよ、きっつ」 　ふむ。僕は言葉を切り取った。言葉を発する事はリスクが高い。僕は件の少女もこの少年も哀れに思った。言葉を選ぶのがどれほど大変な事か。 　本屋横の路地。「ほんっとウザイよ」という声が聞こえてきた。 「自分のしてる事わかってんの？」 「何とか言いなよコトネ」 　ヒステリックな、それでいて悲痛な声は震えていた。条件反射のように言葉を切り取る。 　僕に気が付いた少女達は走り去って行った。悪い言葉を言わないだけが正義では無いのかもしれない。 　そこには件の少女が取り残されていた。張り付いた無表情がやけに不釣り合いな綺麗な顔だった。 「僕はサトル。君の名前は？」 　少女は答えない。 「君の綺麗じゃないもの全部狩ってあげる。だから安心して」 　言葉は人を傷付ける可能性があるが、言葉にしないとわからない事もある。何も言わなければ波風立てずに居られる訳ない事はもうわかってる筈だ。 「君の声が聞きたいんだ」 　ゆっくり開かれる唇。 「…私は、コトネ」 　それは透明度の高い宝石のような声だった。