この旅路はどこに行き着くんだろう。 もう遥か彼方遠くになってしまった青い地球（ほし）を思い描きながら考える。 窓から見える景色も、目を閉じて見える景色もそう変わらない黒に染まってる。 ここまで来るのに初めての体験をいろいろした。 地球にいては機会がそうそうない人たちとの出会い。 地球では次はいつ食べれるかなんて考えたことなかった。 この黒い空の下では好物だった寿司なんて食べることは出来ない。 私は泣いてばかりだった自分の何かを変えたくて、たった一人で宇宙（そと）に向かった。 今思えば衝動的なものだったのかもしれない。 だけど、結局泣いてばかりで狭い船の中はごちゃついてばかり。まるで私みたい。 私がここまでくるきっかけになった憧れの人はどうだったんだろう。船内の写真を眺めながらベッドに寄りかかり枕を抱きしめる。 初めて宇宙（そら）に立ち向かっていったあの人になりたくて、格好だけでもと思い真似して買ったヘッドホン。 写真を飾って「次はあなたの番」だなんて勝手にバトンをもらった気になって、今ここにいる。 ヘッドホンから聞こえてくる懐かしい曲を聞ききながら、自分がしたかったことって本当はなんだろうって考える。 きっと踏み出した時点で私は変われた。でもそれだけじゃ足りなかったんだ。あの人になるだけじゃ駄目で。 そうやって思いを巡らしてるときにふと思い出した。リレーは次につなぐものだってことに。 そっか、私は誰かにバトンを繋ぎたかったんだ。やっと自分の思いに気づけた私は前を向いた。 「先へ行こう」 あの人が行けなかったその先へ。 そしてきっとこのバトンを誰かに繋ぐんだ。

「エラー、宇宙船が軌道を外れています。直ちに予備装置を稼働してください」 　とんだプレゼントだ。技術は進化して、簡単に宇宙旅行に行けるようにはなったけれど、事故を完全に避けることは不可能らしい。隕石と衝突して、制御ルームがダメージを受けた。軌道修正のための予備装置はおろか、地球との通信機も壊れてしまった。完全な迷子である。 　お気に入りのぬいぐるみ、綺麗な花の写真、小さい頃に描いた流れ星。十八歳の誕生日、宇宙への憧れと宝物を小さな船に詰め込んで旅立った。あれからどれだけ経ったのだろう。時計はあるけれど、正しく動いているかは怪しい。それ以前に、日を数えていないから、日付はずっと曖昧なままだ。二十歳にはなっていないと思う、というのは願望だろうか。いつからか、故郷の空気の匂いを思い出せない。 　燃料自体は、人間の寿命分くらいは持つと聞いた。死ぬ前に燃料が足りなくなる、ということはないだろう。食糧は危うく尽きるところだったけど、知らない星で植物を採取できたから、じきに実がなるはずだ。ほとんど役に立たないものばかりだけれど、宇宙植物図鑑の完全版の重たいほうを持ってきておいた自分のことは褒めたい。おそらく地球で迷子届けが出ているはずだから、待っていればきっと宇宙警察に保護される。簡単に宇宙旅行ができるということは、それだけ安全対策がされているということだ。 「うん、きっと大丈夫！」 　努めて明るく言う。観客のいない一人芝居の、なんと滑稽なことか。鏡の中の自分も等しく笑っているはずなのに、その表情はどこか不安げに見える。久々に出した声は、わずかに掠れていた。 「エラー、宇宙船が軌道を外れています」 　再び警告音が鳴る。規則正しいそれから逃れるように、ヘッドホンで音楽を聞いた。今日こそはちゃんと眠りたい。最近は、宇宙船が真っ逆さまに落ちていく夢ばかり見る。 　枕に顔を埋めると、耳元からはいつか好きだった歌が流れてきた。無意識に口ずさんだそれに自分で驚く。意外と歌詞を覚えているものだ。その優しいメロディは、下手な芝居よりもずっと、心に平穏をもたらしてくれる。 「……うん、きっと、大丈夫」 　今度はゆっくり唱えて、私は静かに目を閉じた。

燃料を使いつくして辿り着いた未来。 それは人の想いを燃料にする新時代。 しかし、地球は手が付けられないほど汚染されとうとう人類が住めなくなろうとしていた。 そんな中、人類は代表者を選び新天地へ行こうとしていた。 そして1人の少女が選ばれた。 最初はガラクタの山を眺めてこれだけあればどこまでだって行ける気がしていたし、 それぞれに誰かの想いがこもっていて小説の代わりになって飽きることなんてないと思っていた。 ひとりぼっちで暗い宇宙を彷徨っていると1日の感覚がマヒしてくる。 ここにあるのは大量のガラクタの山…があった跡。 地球に戻るには足りない、次の惑星に辿り着けるかも分からない。 目を閉じて燃料を節約をする。 コレは水星でもらった恋が叶う消しゴム。内側に書かれたハートに好きな人の名前を書いて最後まで使えたら両思いになれるなんて夢のような代物らしい。でもこれをくれた少女はまだ恋を知らなくて誰の名前も書けず使えずにいたらしい。 シュワ コレは金星でもらった妖精の鱗粉が入った香水。金星ではキラキラのコスメが流行っていてこれを持っていると人気者になれるらしい。貿易商の父親が娘の為に買ってきたのに、その娘は部屋から出てこずもう何年も会えていないらしい。 シュワ ♪すすめ すすめ 明日へと 未来は君の手の中に　泣いてた昨日の君は… 地球にいたころ好きだった歌を口ずさむ コレは火星でもらった新型AIペット。私たちの意識を理解し話し相手になってくれるらしい。とある家族が遠くで会えないおばあさんの為に送ったらしい。だけどそのおばあさんはもう長くは生きれないだろうからとくれた。 シュワ だんだん目を閉じている時間が長くなってきたな… コレは木星でもらった幸せの植木鉢。連理の枝を削って培養したものらしい。生まれたときに1人1つずつ与えられ、生活する中で運命の人と繋がるらしい。でもこれは誰とも繋がる事ができなかった樹なのだ。 シュワ おなか空いたな… 土星のわっかが回転寿司に見えてきた… ねぇ。またみんなに会いたいよ… 古須 萌｡無機質な病院の壁にかかる名前。 ここに俺の妹が入院している。 もう何日も目を覚ましていない。 次の日曜日は彼女の誕生日。友達から届いた様々なプレゼントを彼女の枕元に置く。 妹が口ずさんでいた歌を今日も代わりに歌う。 皆待ってるからな。 涙が頬を伝う。

報告書 被検体 No.＃10.957 ± 0.001 観察記録 ・コスモ最端にある惑星 ・生命が存在可能な環境のシェルターが１棟 ・生命反応２ ・１生命体の他、生命維持装置の中に１検体と記す ・生命体は同種平均寿命の８割程度と算定 ・検体の身体的特徴については不明 ・シェルターが外部環境に耐え得るリミットは当惑星の約１日周期と算出 ・生命体はシェルターの自動破壊装置を作動 ・以下にその際の生命体の様子を記す 「君がいたからシェルターの管理者に志願したんだ。僕はシェルターが意味ない箱舟って分かってた。…他の管理者？さっさと装置に入れてきたよ。そして君以外全員オフにしてやったのさ…ふふ…ふはは！…あゝ君は若く美しい。愛しあったあの頃のまま！…けれど全て終わるよ。ここはこの星の環境にもう耐えられない…大丈夫！怖くないよ…僕も一緒だ！どうか良い夢を見ていてね…。――。」 ・シェルターの倒壊を確認 ・同惑星での生命反応を喪失 ・同惑星の観察レベルを生命維持不可に変更 考察 　その星で発生、進化した生命体群が自らの生存環境を変化させ過ぎ、適応出来なくなる典型的なケースである。多くの場合自らの種を破滅へと導くが、当惑星も同様であり、新しい知見は見られなかった。 　このケースは非常に多く見られる。原因を精査する為、新たに無作為に選んだ５２，８５０個の星において観察を行う事とした。これらについては別途報告するものとする。 　生命体群発生からの状況を分析すると、高確率で生命体群が自らを「知的」と考えている事が判明している。 　「知的」と呼称されるまでの知能を持った生命体は、生存環境の構成物質が素粒子の集合体であると認識すると、当実験空間を「原始的原子が高温高圧となり爆発して始まった」と仮定する事がある。これは他報告書にも散見され、当惑星生命体も同様であった。しかし、いずれも実験内容の真意に辿り着くには至っていない。 　いずれにせよ、次の担当者に引き継ぐ。 結論 　「知的」な生命体群が何故「自滅」してしまうのか。ここには、「心」という概念が関わっていると考える。 　「心」を持っていても長命な星の生命体群も多く存在するが、「心」が不安定な生命体群は短命となる傾向にある。今回対象となった種についても、安定しているとは言えなかった。 　よって「心」を制御できない生命体群が自滅の道を歩むのではないか、と言う仮説が現時点では立つ。 　引き続き、別惑星にて観察を続ける。以上。 報告終了

真っ暗な部屋の中。 スマホの明かりだけが輝いている。 いつからこうしているんだろう。 起きているんだか、 寝ているんだか。 現実なのか、 夢なのか。 目を開けているつもりだけど定かじゃない。 まぁどっちでもいいけど。 意識に焼き付いた残光が星空みたいに瞬く。 1歩も外に出ない私は、いつもここで旅をする。 幾つもの惑星を超え、 遥か遠く。ずっとずっと遠くへ。 死んだように生きている私は、 行きながら死んで行く。 誰からも観測されない、私だけの宇宙。 旅のお供は何もいらない。 あるがままがいい。 だから私はお寿司もサビ抜き。 そんなことを思いながら、 時間も日付も意識も曖昧なまま、 鼻歌混じりに、私はまた空へと向かうのだ。

アイドルになって、 欲しかったものは買えるようになったけれど、 手に入ってみればどれもガラクタにしか思えないものばかりだ。 持っているスマホも、仕事の連絡ばかりで欲しい人からの応答はない。 毎日眠りから起きて鏡を見ては、 「大丈夫。今までも何とかなってきたんだから」と呟いて、 仕事のプレッシャーに負けないように自分に笑いかける。 ライブステージはいつもの見晴らしのよさだ。 こんなに人はいるのに、ステージには私独り。 流れる音楽、いつものリズム、湧きあがる歓声。 あと何回これを繰り返せばいいんだろう。 仕事が終わったら家に直行して、 悪い考えがやってくる前に眠りにつく。 夢の中でも、私は宇宙を彷徨っていた。 遠い未来、宇宙飛行士になる訓練を潜り抜けて、 私は21世紀へとタイムワープする実験に参加した。 けれど、時空を超えて旅の出発地点である、 もう一つの太陽系の焦点にたどり着けた者は私一人だった。 ――それでも、「君に期待している」というプロデューサーの言葉に胸を張っていた。 水星を越えたあたりで、燃料を確認した。 ――アイドルとしてやっていけることは、最初のライブで確認したはずだった。 金星が見えたときは、この先に待っている光景と少しの不安に胸がいっぱいだった。 ――初めてのテレビ番組は、うまく役割を演じられたと思った。 地球について、私が実験に成功したという証を残して、 再び宇宙へと飛び立つ。 未来へと帰れる手段は残っていない。 地球にも留まることは許されない。 それなら先に進まなくちゃ。 ――あなたの「もう俺とは違う世界の人だね」という言葉が、胸に突き刺さった。 火星を越えたあたりで、未確認生命体を見つける。 ――実力の差で、私を支えていた自信がなくなった。 使う用途のない地球の言葉は、頭の中から消えていった。 ――友達ってどう作るんだっけ？ 木星を越えたあたりで、食糧も残りわずか。 ――アイドルとしての寿命がそう長くないことは知っている。 土星の引力に負けて、ワッカをぐるぐる抜け出せなくなった。 もう何日も食べていない頭は朦朧とする。 地球で食べた回転寿司は美味しかったな。 ――週末家族で過ごしたあの時間に戻りたい。 夢の中の私が瞼を閉じると、私は夢から覚めていた。 誰もいない部屋はあの宇宙船と変わらない。 自然と口をついたのは、 オーディションで歌ったあのバラードだった。 あなたが褒めてくれた歌。 こんな遠い場所からじゃ、もう聞こえないよね。

『おかえりなさい』 「ただいま。…ねぇロビ、私が動かなくなったら燃料にしてね」 『またその話ですか。一緒に帰ると約束したはずです』 「あなたは大丈夫でしょうけど、私はお腹も空くし、不安にもなるの」 『私も燃料が少なければお腹が空いたようなものですし、永遠に宇宙で彷徨うのは不安です。一緒ですよ』 「ぅぅ…そうね。ごめんなさい」 『いいえ、きっと探索でお疲れなのでしょう。何か収穫ありましたか？』 「これ」 『香水…ですか？』 「石化を解く薬」 『ほう。食料を石にして、必要なときに戻す…という使い道でしょうか？不思議な文化を持った惑星もあるんですね』 「ううん、人がだんだん石になってしまう病…なのかな。惑星にはおじいさんが一人いただけで、あとは全員石像になってた」 『それはそれは。でもなんでおじいさんだけ石になってないんです？まさか彼が…』 「違うわよ。彼は研究者で、地下の研究所に籠もりっぱなしだったから石化に巻き込まれなかったの」 『なるほど…でも薬が完成してるなら皆を助ければよいのでは？』 「成分は完成してる、でも即効性が足りないんだって。石が脆くて、薬を使っても全身が元に戻る前に肉体が壊れちゃう…」 『…』 「だから今もずっと石化を完全に治す薬を研究している。私のコレクションの中に探していた成分があったみたいで、それを調合して薬が完成するだろうって。すっごく喜んでた」 『素晴らしい。ガラクタも役に立つことがあるんですね』 「コ・レ・ク・ショ・ン」 『ふふ。この薬は燃料にしてしまっても？』 「もちろん！私達の事情も説明した上で譲ってもらったんだからね。ぁ、ロビ、あなたならその薬を解析して研究をお手伝い出来るんじゃない？」 『私がわかるのは、どれほどの想いが込められた物かということだけです。研究の足しにはならないでしょう』 ｢そっか…あれ？じゃあどんな人かも分かるって事？私説明しなくてもよかった？｣ 『いいえ。あなたとの対話こそがこの漂流旅行の唯一の楽しみなのです。故郷に帰ったら宇宙初宇宙船小説家としてこの旅をまとめて出版、印税で暮らします。亜光速飛行のために機体改造して―』 「まぁ素敵。帰って出版するためにも、はやく解析してもらえる？」 『せっかちはモテませんよ』 「余計なお世話。帰らなきゃモテるも何も」 『あ、この薬、二つ先の惑星までいけますよ。』 「ほんとっ？」 ガラクタを集める少女と、オモイデを燃料に飛ぶ宇宙船ロビの物語

太陽を出発した目的地は宇宙の果て、 ガラクタばかりを積んだ宇宙船で、強がりばかりの宇宙旅行を続けている。 頭がクラクラして寝なくちゃって頭で夢まくらに寄りかかり、水星を越えたた辺りで燃料は確認済み、申し分ない。 私は、歌を口ずさみどうにかなるさととっくの昔にしわくちゃな平面図にいつからか消えた非常灯。 火星を越えた辺りで未確認生命体と遭遇す。 地球で覚えた言葉は溶け水素や酸素になって燃えろと願う。 木星辺りで食料を点検、土星の回転寿司屋でワサビ抜き食べて、明日も昨日の通り、歌一つあれば頬の涙も乾くんだ。 宇宙で目を閉じる僅かばりのエナジーで旅は進む、きっとクドリャフカの生まれ変わりなんだと、終わらない旅に宇宙の果てを目指す物語は終わらない。

---ママ、会いに行くからね 輝く綺麗な星につぶやく。 もう一度会いたい。 その想いから彼女は旅立った。 科学の進化が生み出した人型を連れて。 どのくらいの時が経っただろうか。 燃料の確認を頼むが、応える者もいない。 人型はしばらく前から床に転がったまま。 寂しさに何かが頬を伝う。今日は眠ろう。 彼女は瞼の裏でも母を探し続けたが見つからない。 母はよく歌を唄ってくれた。 彼女はその歌が大好きだった。 その歌を口ずさむと 自然とその何かは治まっていった。 時折見せる星の瞬きが彼女を励ます。 勇気づけられた彼女は、しわくちゃな平面図を広げるが 灯す光すら消え、ついには燃料も底が尽きた。 そして、食糧さえも。 明日も昨日も遥か遠く 戻ることのできない旅の最中、 彼女は徐々に目を閉じた。 もうすぐ母に会える。そんな気がした。 そこは宇宙か瞼の裏か 輝く綺麗な星が二つ。 ---ママ、会いに来たよ

もう夕日は沈みかけ 何かやらなきゃいけないのに、指先すら動いてくれない、助けて辛いよだって誰にも届かない どうしたらいいのかわからなくて、毎日鏡を見てはこの癖毛がいやになる 大丈夫、そう鏡の自分に言い聞かせるけどこれっぽっちも大丈夫なんかじゃない 何かしようと思ってたのに、もう朝日が登っちゃった 昨日と同じ、何もできない1日。 もう寝なくちゃ、残った少しの動力で動き出すけど、頭がくらくらして、ベッドまでたどりつけない 鏡の前で丸まって意識を手放した 水曜日にはあったはずの動力はもう使い果たして、あと2日頑張らなくちゃと思うけど何も出来なくて、暗い暗い夢の中を前も後ろもわからず駆け回るしかない 昨日の自分の尻拭いも、明日の自分に期待するのも、暗闇にいる私じゃどっちが昨日かなんてわからない。 1歩でも動いたら酸素もないかもしれない、不安で蹲って今頬を伝う涙もぬぐえない。 何も見えない暗闇で、ふと歌を口ずさむ。 何も見えなくても聴こえる音は綺麗で、愛おしくて、私の涙をぬぐってくれる。 人生も暗闇も大差ない、それなら暗闇のその先に行こう 私は1人未来を目指して暗闇を、音楽の光を道標に チカチカして途切れ途切れでも、出口を探して彷徨い続ける　光があった方へ。 暗闇は怖くて、不安で、涙で顔がぐちゃぐちゃだ パッと光が消えて、苦しくなって、またフラフラと眠りにつく 手も足も動力不足で動かない、目が覚めたら巨大な虫になってたりして。 夢の中では火曜日の憂鬱 私の話なんて聞いてない、頭ごなしに否定しては押し付けるわかり合えない生命体 投げつけられた言葉も全部、夢の中では泡になって消えていく。 木曜日、お金がないので食糧難。 お寿司が食べたい、大トロといくらとウニ、全部サビ抜きで。 わさびは苦手、子供っぽいのはわかってる。 昨日の自分の尻拭いも明日の自分に期待するのも、子供でもないし大人でもない、膨大な後悔と期待、無限の人生を描く私の瞼は、目を閉じれば無限に続く真っ暗な宇宙とおんなじだ。 暗闇じゃどこに向かえばいいのかわからない、つまづいて、転んで、何度だって蹲って泣いてしまう。 でも大丈夫。 歌を歌って、膝を叩いて、また歩き出せるから。 音楽をたどってその先へ

今日は何をしよっかなー。 昨日は火星で新しい友だちができた。 一昨日は金星に行って、その前の日は水星。 あてもなく木星のお散歩とか悪くないかな。 ダラダラ歩くのにあそこは良い場所。 だって無駄におっきいし。 「いや、いい加減地球に帰っておいでよ」 せっかく気分良く天の川でプカプカしてたのに。 余計なノイズが聴こえてくる。 「いつまでそうしてるつもりなのさ」 後5分。なんて肩を竦める。 あーあ、お母さんみたいなこと言わないでほしい。 折角の気分が萎えちゃうし。 「そうやって逃げてても何も解決しないでしょ」 お説教が聴こえる。 ほんと空気を読んでほしい。 どうしてこの声はスピーカーのスイッチを切っても流れてくるのか。 大音量で音楽を流しても私の耳に飛び込んでくるし。 「当然でしょ。ほら、帰るよ」 かーえーらーなーいー。 嫌だ嫌だ。 地球なんて帰っても何にもないし。 「いろいろあるよ、大好きなお寿司とか」 そんなの土星でも食べられるし。 「可愛いアイドルとか」 そんなの金星のあの子に比べれば霞んじゃうし。 「もー、強情だなぁ」 どっちの方が。 私のことなんて放っておいてくれればいいのに。 私はここで好きなもの〈ガラクタ〉に囲まれてるから。 「ちゃんと生きなよ」 うるさいな。 先に目を閉じた奴の言うことか。 どうせ起きても君はいないし。 それなら起きても眠っても、宇宙も地球も一緒だよ。 「でも僕は君の歌が聴きたいよ」 ほら、また勝手なこと言う。 好きとか生きろとか歌聴きたいとか。 そのくせ自分はあっさりいなくなったくせに。 目を開けたらまたいなくなるくせに。 どうやって聴くんだ、ばーか。 「ごめんね。泣かないで」 泣いてないし、ばーかばーか。 「ほら、起きよう」 全部置いていけって言うのか、この悪魔。 「こんなガラクタに埋もれてるより、好きな歌ひとつ抱えて生きてる方が、よっぽど似合うよ」 ズルい。 ズルいし、バカだし、勝手だし。 一緒に死んでくれくらい言えないのか、甲斐性なしめ。 「君はちゃんと生きててほしいよ」 墓参りなんて行ってやらない。 歌いになんて行ってやらない。 だから。 「勝手に傍で聴いてるから」 あぁもう、嫌いだ。 嫌いで嫌いで、こんな声を聴きたくないから。 「うん、おはよう。いってらっしゃい」 あぁ、もうほんと……君って奴は……。 煩わしい君<重力>に引っ張られ。 口ずさむ歌ひとつ。 やっぱり、君が――だよ、なんて。

　私は人類の希望だ。 　なんやかんやで地球は滅びる予定で、やっぱり移住用の新天地が必要なので、宇宙へと旅発つことになった。 　みんな一緒に行けばいいのに、みんな初めては怖いから、生贄を選び出した。それが私。 　つまりは、実験体だ。クドリャフカ。もしくは、アルバート。そんな子たちの親戚。 　世界中から押し付けられた様々な機械。その大半はただのガラクタだった。 　でも、中には役に立つ物もある。 　私の『夢枕』。一見、ただのお布団セットなそれ。正式名称は、『半コールドスリープ装置』。長距離宇宙航行には必須のアイテムだ。 　コールドスリープ装置とは、一言でいえば、冬眠をするための機械だ。 　でもね、知ってた？　冬眠って、ずっと眠っている訳じゃなくて、時々起きて、ご飯を食べたり、トイレに行ったりする動物もいるんだよ。 　私もそれと同じ。常に半分寝て、半分起きている。 　だから、半コールドスリープ。いつも夢と現実の境界にいるって訳。 　そんなこんなで水金地火木土天海冥。水星まで行って、一回地球まで戻って補給して、今度は冥王星までの長旅。そのはずだった。 　最初、水星に着くまでは、真面目に日誌をつけたり、燃料の確認もしたりして、私は模範生だった。 　でも、金星に戻った頃、状況が一変。通信が途切れ途切れになり、なんだかヤバイ雰囲気。なので、まさかの地球スルー。もちろん、補給もなしに。 　火星で、初めての地球外生命体を見つけた時は嬉しかった。 　でも、ふと気づく。こんなことは無意味だ。 　だって、その頃にはもう、通信は完全に途絶していたんだから。昔、『ある朝、目覚めたら毒虫だった』なんて小説があったけど、今、私がそうなったとしても、もはや誰も気にしない。 　なら、言葉なんていらない。声帯を停止して、酸素を節約する。 　そして、木星に辿り着く頃には、とっくに食糧難。 　なるべく長く眠り、起きている時も瞑想で倹約モード。 　でも、それにも限界がある。 　最近は、土星の輪っかが回転寿司のレーンに見えてくるほどの空腹だ。 　私はどこまでいけるのだろう？ 　涙はいらない。貴重な水の無駄遣いだ。陽気に行こう。声は失ったけど、心の中でも歌は歌える。 　生きるために目を閉じる。なぜか『世界は人が見るまでは存在しない』なんて説を思い出した。だとすれば、目を閉じてる今の私はどこにいる？　この空腹も全部、夢か幻なの？ 　ああ、やめよう。考えるのは。そうだ。どうだっていいじゃないか。 　どちらでも、大差ないさ。